2度目の高校受験

壮絶な半生

高校に行かなくなってからの生活の続きです。

(アイキャッチ画像は当時の私物)

自主退学

休学する前に、

2年次に1年間留学して単位を振り替えてもらい3年生を在籍の高校で過ごして卒業することができないか?

と、両親にお願いしてみたのですが留学中も私立高校の学費がかかるということで我が家の財政状況では難しいという判断になりました。

3年間この学校に通うことは無理だと思い私は9月の時点で退学したかったのですが、母は辞めてほしくないようで休学にしたのです。

12月になるかならないかくらいのことだと思いますが、正式に退学届を提出して学校を辞めて翌年度から別の高校に入学し直すことに決めました。

退学届を書いた覚えはあるのですが、学校に行った記憶がないので恐らく親が提出してくれたか郵送したのだと思います。

 

2度目の高校受験

2007年10月21日

時系列が前後しますが中学3年の時にお世話になっていた塾にまたお世話になることになり、受験勉強を始めました。

1度目の高校よりランクを落としたところだったので勉強をしなくても受かったでしょうが、落ちてはシャレにならないのでおさらいをするように学び直しました。

ひとつ年下の子たちと同じ教室で、端に座って目立たないように静かに座っていたかと思います。

1〜3月上旬までの記憶がほとんどありません。

友達に裏切られたり、失恋したり、OD(薬物過剰摂取)する頻度が増えたりしてどんどん精神状態が悪くなっていました。

受験勉強をしていて前に進む行動をしているはずなのに、死にたいと考えて苦しい毎日。

生きたいのか?死にたいのか?

自分自身でも分からなくなっていた。

 

3月上旬に中学の時の制服を着て高校の入試に行った。

各中学校ごとに集合してから会場に入るので、私は担当の先生とひとつ下の子たちと顔を合わせることになった。

中学時代は素行不良で目立っていたので下級生にも認識されていたようで

(何でこの人ここにいるんだ?)

という顔をされたが話しかけられはしなかったのを覚えている。

入試は難なく終わり合格しただろうなという手応えがあった。

 

しかし、そんなことはもうどうでもよくて死にたかった。

何のために生きているのか分からない。

 

この時期はとても辛かったけど、何人か支えてくれていた友達がいました。

10代の頃の親友A

お母さんのように見守ってくれていたM

うつ病の元カノがいたから理解してくれてドライブしたり泊まったりと一緒にいてくれたY君

掲示板で仲良くなりいつも心配してメールをくれていたノーパン(ハンネ)

この4人は結構密に連絡を取ったり会ったりしていたかな。

すんごく病んでいたのに見放さずに居てくれて本当に感謝しています。

2人は連絡先がもう分からないし、2人とは疎遠になってしまったけどあの時はとても助けられました。

 

橘 しおり

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投資家、YouTuber、司会、コンサルタント 北海道出身

プロフィール

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