高校に行かなくなってからの生活

壮絶な半生

発達障害ASDの私が高校中退したワケ の続きです。

(アイキャッチ画像は実家の猫)

精神科に連れていかれる

記憶が定かではないのですが、高校を休学して学校からのすすめか親からかで精神科に行くことになりました。

自宅から車で5分くらいの距離にある近くの病院でした。

いつ行っても混んでいて予約をしていても1時間以上待つこともありました。

どんよりした雰囲気で顔つきが暗く覇気のない人たち・・・。

私も同じくだったのですがね。

 

初診の時の記憶は全くないので思い出せません。

当初は母も一緒に診察室に入っていましたが、母と私の関係が悪かったため途中からは私が先に先生と話して後から母が呼ばれ交代で診察室に入り話を聞く形でした。

最初に処方されたのはリーゼという薬で精神が不安定な時に飲む頓服と説明されたような気がします。

 

何度か通いながらマークシートの診断テスト、精神科医の先生ではない方に積み木や数字の計算、質問に答える検査をされました。

頭がぼーっとして何も考えられないような状態だったので記憶がはっきりしていません。

何の検査なのか告げられなかったので何のための検査だろう?と、不思議に思っていました。

 

診断されたのは・・・

私が伝えられた病名は、

解離性障害、適応障害、うつ、自律神経失調症でした。

発達障害に関しては母には伝えられ私には伝えられなかったようです。

 

・気分が落ち込み何も考えられない

・記憶が飛ぶ

・眠れない

・不特定多数の男性と性的な関係を持つ

・死にたい

・衝動的な行動をする

当時の私はこのような状態でした。

生きることがただ辛くて死んで全てを終わりにしてしまいたい気持ちが日に日に強くなりました。

日々の生活

睡眠薬を飲んでベッドに入っても朝方まで眠れない日が多くありました。

カーテンの隙間から日の光が入りカラスの鳴き声が聞こえる。

「あぁ、また朝になってしまった。」

そう思いながらしばらくすると眠りにつけて起きるとお昼頃。

 

そこから高校を辞めた子たちと連絡を取り合って、自転車で公園に集まるのが日課で、

集合してから行き先を決めてあちこち遊び歩いていた。

誰かの家に行ったり、プリクラを撮ったり、デパートのフードコートに溜まったりだったかな。

夜にこっそり家を抜け出して深夜や朝まで遊んでいることも多かったです。

 

ふらふら、ふらふら。

病んで寝てるか、遊びに行くだけの毎日。

みんな家庭環境に問題があって家に帰りたくない感じだったから、友達といたら何となく気が紛れたりもした。

ネットで知り合ったよくわかんない男性たちと寝ても心の隙間は埋まらなかったけどやめようと思わなかった。

不特定多数の男性と遊んでいたのも限度知らずで1日に3人と会ったりすることもありました。

性交渉したいわけでもないし、付き合いたくもないし何の意味もなくただただ繰り返すだけ。

そんなことをしたって自分が擦り減って傷つくだけなのにね。

 

救急車で運ばれる

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(2007年10月2日のmixi日記より)

親に学校学校の話された時ぶっ倒れて起こされたら発作起こしてふらふら
泣きながら体かちかち…

全然おさまらなくて救急車救急車で運ばれた。
初めてだったー…w

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母とキッチンで話しをしていて、最初は雑談をしていたかと思うのですが途中から学校の話になり母がヒートアップして捲し立てて来たんですよね。

私はダイニングチェアに座っていたのですが、だんだん視界が砂嵐のようになって意識が遠のき体が人形のように横に落下しました。

意識を取り戻すと過呼吸になり体が硬直していました。

 

しんどかったなぁ、あんま覚えてないけど。

続きはこちらから2度目の高校受験 

橘 しおり

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投資家、YouTuber、司会、コンサルタント 北海道出身

プロフィール

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